向日市の不思議3 〜何でも竹取物語〜
2006年 01月 27日
もし向日市という街や、乙訓(おとくに)という地名を知らないとして、向日市の街を歩いた時この街をどう思うのか?・・・ふと考えた。何回も書いているけど、阪急東向日駅を降りて歩いていると、いきなり色んな色が飛び込んで来る。グレー、黒、ピンク、緑etc.・・・とまとまりのない色のオンパレード!
しかし駅周辺で目に留まるものがある。「竹」「かぐや姫」いわゆる「竹取物語」を連想させる。それはお店のシャッターであったり壁面であったり、ショッピングセンターの中であったり、あたかも向日市が「竹取物語」の発祥の地であるかのように。
しかしそれはイラストだけの印象であって、竹薮も無ければ、本物の竹さえ目にしない。あるのはイラストとイミテーションのみ。その風景は謎を深めるばかりである。
それが正直な向日市の印象ではないのか?地元や周辺の人はそれが何を意味するのかわかっているけれど、地方から来た人や、このブログを見て頂いている全国、世界中の方々は訳がわからないはず。
何故、電柱が緑色なのか?何故、竹取物語の絵が書いてあるのか?何故、竹のイミテーションが多いのか? そこに向日市=乙訓地域=竹の産地という図式が成り立たない。それを印象付ける要素に欠けているからだと思う。そこが向日市が発展しない理由であるとも思う。
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別に向日市を悪く言いたい訳ではなくて、観光協会のHPを見て頂ければわかりますが、向日市にはまだ素晴らしい竹林があります。しかし向日市の奥の奥なので、普段行く事はまずない!しかも日中でも暗く人気のない場所なので、普段女性が一人で歩く事もなければ、観光客が歩く事もほとんどない。
また竹林を管理するには多くの竹を切らないといけない。その竹は産業廃棄物として処分されたり、竹炭に使われたりするみたいだが、産業廃棄物にするくらいなら、乾燥させて駅前にもっと多くの本物の竹を使えるように工夫すればいいのに・・・と思う。それ位の管理費は捻出しましょうよ。こういうのを「地消地産」っていうんですよね?
竹は腐るほどあるのに、竹の産地がイミテーション使っているなんておかしくないですか?このまま、この向日市がイミテーションにならなければいいのですが・・・。
欧州などに学んで欲しいといつも思います。折角の伝統や美を台無しにしてしまうし、何も伝えられない。
私の住む町はまだいいほうかもしれない。深大寺が象徴(それしかないケド)になり、あと最近の味スタ(味の素スタジアム)かな。どこへ行っても電柱にFC東京のフラッグがあって、サッカーを応援している町なんだという事だけは伝わります。まだまだだとは思いますけどね。
京都の庭は「見る」ではなく「感じる」心がとても大切です。
だから、とてもその精神を引き継ぐ「感じる心」を鍛えないといけません。
その心を鍛える為には、日本文化の総合的なレベルを押し上げてくれる
『町作り』が大切になってゆきます。
ツマヨウジさん、積み重ねてよりよい向日市にしてくださいね!!
ここは「乙訓」という地域だいうことを知らない人も多いんじゃないかと、最近も話していたところです^^
少し何か印象に残るものがあればいいと思うんです。
別にデザインで作り込む事がいいとも思いません。
でも印象のない町ほど淋しいものはありません。
それを本来は駅前が果たす役割だと思うのですが、
駅前がこれではせっかくの竹林もかすれてしまって、いずれ消えて無くなってしまう・・・そんな風に思ってしまいます。
そうですよね。京都の庭は見るもの美しいですが、庭と向き合うその姿勢というか精神も素晴らしいですよね。
その感じる心は街にも必要なことですよね。
ある意味おもてなしの心がこの街には欠けているのだと思います。
観光やこの街に遊びに来た人が、何か「また来たいなぁ~」と、そんな気持ちになってもらえる街になればいいと思います。
難しいことより、まず人に喜んでもらえる「向日市」を目指したいと思います。
向日市には素材がたくさんあります。
綺麗な風景もたくさんあります。
そんな豊富な素材が活かしきれていないのが、現実です。
乙訓は歴史的にも重要な街です。
その歴史に恥じない街であるべきだと思います。
もっと自分たちで世間に対して「いい街だ!」と、
胸張って言うべきだと思います。
向日市を知らない人が多いですからね!












